2010年01月の記事一覧

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2010/01/03

新年明けましておめでとうございます。
昨年大晦日、書きかけて力尽きた旅行記の続きです。

前日、雪深き小村の「雨の神社」を見た私は、翌朝次なる神社「霜の神社」を目指すのだった。
この村、雨・霜・霧と3つの諏訪神社があり、どれも歴史が古いと聞く。
(雨降宮嶺方諏訪神社、霜降宮細野諏訪神社、霧降宮切久保諏訪神社)
おまけに神社を巡る途中には温泉がいくつもあるという。これは足を使って巡らねばならない……
と安易な考えのもとにやって来たのだが、予想以上の積雪に計画は崩壊の危機に。
とにかく、歩行速度が予想の半分以下。足は滑るわ、除雪されてない歩道は歩けないわで、車道をおっかなびっくり歩くのみ。

しばらく行くと、瑠璃堂なる小社と江戸彼岸桜の巨木が。
その雪を被った樹の下を、この日開いたというスキー場へスキー客が通っていく。
(このスキー場は某オリンピックのスキー種目の会場で世界的に有名なのです)
春にも来てみたいと思いしばし桜を見る。気分はもう春雪異変。

ブログ用パノラマ特1_3

道脇の解説板によると、この桜、この地域の野生種らしいのだが、
多くは薪などにされておりこのような大樹まで残ったのは珍しいとのこと。

瑠璃堂も風格がある。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 128

大きな桜を抜けてしばらく行くと霜の神社、霜降宮細野諏訪神社にたどり着く。
この神社、境内までの参道が長く、立派な神社である。
どうやら村人の方々が朝一番に除雪してくださったようで、鳥居まで除雪されていて助かった。

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……と思うのは関東育ちの浅はかさ、
鳥居の先の境内はもちろん除雪されていないし、参拝客も一人もいない。

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上の写真、鳥居の向こうは一面雪だらけで何もわからないかと思うが、広い境内の向こうに石段があり、
それを上ったところに本殿がある。
目測およそ40mぐらい、そして積雪は1m以上。
ジャージにスニーカーの私は40mも雪を泳ぐのは流石にためらう。
何か近道はないかと探していると、除雪された脇道から林を抜けて本殿に入れそうな場所を発見する。
無作法を承知で8mぐらい雪をかきわけて本殿にたどり着く。

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上の写真の額にある「諏訪神社」の字を書いた人物に注目すると、「諏訪大社宮司 守矢真筆書」とある。
諏訪神社だからありうることではあったが、こ
の『雪深き郷』と『神長官守矢家』のつながりがこんなところに、と感動する。
参拝し、振り返ると、雨降宮に続きこの神社にも巨大な杉が。この杉の天辺に烏天狗でも留まっていそうな雰囲気だ。
↓神社から境内を振り返った景色。合成パノラマ。
ブログ用パノラマ特2_3

思わず気持ちが良くなる巨大なご神木

ブログ用パノラマ特3_2



旅館のおかみさんや蕎麦屋のご主人など、この村の人に色々尋ねたが、神社を見に来たと話すとびっくりされたようで、
ここに住んでいる人にとっては観光するようなものには思えないようだ。
東京から来た私などは、雪を纏った巨木が脇にそそりたつ荘厳な社にいたく感動する。
このような霊的な空間に慣れて育った人には都会の人間には見えないものも見えるようになるのだろうか。

こうして、霜の神社も参拝し、次は霧の神社である。
霧の神社はこの八方の集落ではなく北の岩岳の集落にあるので、そこまで歩くことにする。(続く)
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2010/01/03

(前回からの続き)

さて、午前中に霜降宮というなんだか美味しそうな名前の神社に参拝すると、次に向かうは北の岩岳の集落にある霧の神社。
しかし、その前に集落の中央にあるバス亭脇の足湯(無料)に入る。
霜降宮の雪のなかをズボズボと歩き回ったせいでジーンズとスニーカーがガチガチに凍りつき、
とても雪の中を長距離歩ける状態ではなかった。
もっとも、面白いことに水分は雪が吸ってくれるので、スニーカーがびしょ濡れになるようなことはない。
だから足が凍傷になるようなことはないのだが、ジーンズの先が凍って干物のように固まっており、それが気持ち悪いのである。

どうですか、この足湯。これが無料。そして誰もいないため私がひたすら独占である。↓
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 152


足湯で一息ついた後、古来より運送の道である「塩の道」を北上する。
武田信玄に上杉謙信が塩を送ったルートもこれらしい。
(↓こちらは霧の神社脇の解説板)
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 200

道の途中でものすごく長い氷柱を発見する。
チルノが花映塚でぶっ放す氷柱もこのくらいでかいのだろうか、
いやむしろ、ジョジョ三部でペットショップが撃つ氷のミサイルか……としばし氷柱に見とれる。
どう見ても2mはありそうだ。↓
白馬と諏訪旅行ブログ用159b


いくら塩の道とはいってもこの季節、360度一面雪山である。道を徒歩で歩くのももちろん私ただ一人だ。
途中、大きな橋から郷を見下ろす。

白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 168

途中で塩の道温泉に入り、ガチガチに凍った足を温めると、再び出発。
なんでこんなに温泉ばっかり入っているかというと、
雪の中ジーンズとスニーカーで歩く&参拝客のいない神社でお賽銭箱まで雪の中泳ぐ
→靴とジーンズが凍る
→温泉に入って足を温め靴下替える
→雪の中歩く(以下繰り返し)

というわけで、道の途中に温泉がないとこの旅は即リタイアになってしまうのである。

北の集落につくと、石仏群を発見。↓
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 184

これはまさに塞の神だ。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 186
思わぬ東方の元ネタに出会ったような気分。
といっても、仏様たちは雪に埋もれてしまいご尊顔を拝することもままならない。
傘を被せるというレベルじゃありません。

さて、石仏群を抜けると、いよいよ霧の神社、霧降宮切久保諏訪神社だ。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 192
雨降宮、霧降宮にも劣らぬ立派神社で、こちらは9月15日に行われる七道祭り(尾花祭り)
というお祭りが有名で少女達が尾花踊りという踊りを披露したり、
社宝の七道の面が公開されるなどの祭典が行われるという。
またこの地には被った面が顔から離れず、洞窟に逃げ棲むようになった女性の昔話、
「おかる伝説」が残っており、お面とつながりが多い土地のようである。
さて、ここでおやっと思ったら中々の東方ファンである。
キャラ☆メル3号の風神録インタビューで、9月15日にお祭りがある神社の話が出てくる。
もっとも、こちらは霧降宮だから、雨降宮の方も9月15日にお祭りがあるのだろうか、
ちょっと気になるところである。

この霧降宮の杜を見上げる。こういう立派な杜があると、神社っていいなあと思うのである。
社より杜が重要だ。
ブログ用パノラマ特4_4


さて、これまでの経験から予想していたが、こちらの神社ももちろん境内は雪の海だ。
しかもこちらは脇道もなさそうである。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 193

思案に暮れていると、右の民家と境内の境に脇から上る石段を発見する。
迷っていても仕方がないので、10mばかり雪の中に突撃する。まったく酔狂も良いところだ。

雪中を漕ぎつつ石段を登り本殿に達する。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 214
「諏訪」ではなく『諏方』になっているが、昔は「すわ」の表記は定まっていなかったらしい。
ちなみに「諏方」とは諏訪の大祝の氏でもある。
(江戸時代に大名家の「諏訪氏」と大祝家の「諏方氏」に分かれる)

振り返ると境内の雪の海が。勇んで突破してたら、今ごろ途中で力尽きマンモスのように氷漬けになっていただろう。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 213
こちらの境内にも巨樹が。

ブログ用パノラマ特6_3


こうして雨、霜、霧の三神社を見終えた私はこの雪郷を後にし、数km下って駅に向かう。
途中、伝行山の神社にも参ろうと思ったのだが、山の上の神社に行くまでの石段が雪でまったく見えない。

白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 233
上の写真の左上に見える山の上の鳥居まで行くのは、さすがに無理だった。
神社の境内は今ごろ妖怪の巣窟に違いない、と思いつつ諦める。

↓その代わりに撮った伝行山下の360°パノラマ。(クリックすると表示されます)
伝行山下パノラマ

雪国を堪能した私は、ワンマン電車に乗って諏訪へ向かう。
諏訪はどのような表情を見せるだろうか。(続く)

2010/01/03

(前回の続き)
さて、雪国から大糸線を上って松本に出て、さらに諏訪へ向かう。
途中で降りた松本が、もう恐ろしく寒い。あの郷なぞ比べ物にならぬ。
駅の売店のおばちゃん曰く、雪が降っている地方より雪の降らない松本の方が寒くなる、とのこと。
なるほど、鎌倉の原理だろうか。

下諏訪に着くと、さっそく秋宮へ向かう。
さすがに夜の8時ともなると参拝客は誰もいない。
そしてフェムトファイバーを発見。本物を間近で見ると、その巨大さに圧倒される。
ほんと何のためにこんなに太いんでしょうねえ。封印のためという説が出るのも肯ける。
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この秋宮もお手水として境内から温泉が湧く。諏訪は温泉地としても有名だが、いやあこれはありがたい。
この後、今晩の宿であるネットカフェに行く途中、諏訪湖畔へ拠る。
守屋山は見えないが、実に空気が清浄で星が良く見える。ちらちらと舞う小雪は霧が峰から飛んできたものだろうか。
それにしても、24時間営業のネットカフェは安く旅するにはありがたい。
そりゃ温泉つきの宿に泊まれればいいんだけどね。



タラララ ラッタンター とばかりドラクエ的な音楽が鳴り響き(たような気がする)、朝を迎える。
この日はまず古戦場、藤島神社と洩矢神社に向かうつもりである……のだが、
電車の中で自分の腕時計が一時間遅れていることに気づく。
まさか刻符を喰らったのか、と焦るも、時は戻らず(当たり前だ)

藤島神社がなかなか見つからないかったが、ようやく川の袂に見つける。
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左脇に見える小さな木が御神木の藤だろう。

その昔、中央からやってきたタケミナカタの神が土着の洩矢神と対峙したとき、タケミナカタ側が陣取ったのが川の北側である。
そして洩矢神の鉄の輪にタケミナカタが投じた藤が絡みつき錆びさせた、
という東方ファンならよくご存知の話の舞台である。
というわけで、もう一方の洩矢神を祭る洩矢神社にも行く。
こちらは、上記の藤島社を移した時に起きた祟りを鎮めるために造営されたもので歴史は浅いのだろうが、
土地の選定として天竜川を挟み藤島社と対峙する形になっているのは、古戦場を意識したものだろう。
↓洩矢神社。
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境内に入ると小動物の足跡があった。鹿か狐だろうか。

そういえば朝飯を食ってなかったと思い、岡谷駅前のデパートで食料を探していると、
蜂の子と蚕の佃煮を売っているのを発見。蜂の子は高かったので蚕をチョイス。さすが養蚕の町だ。
見よこの美味そうな朝飯を!
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 308

多分百匹近く入っているさなぎをぼりぼりと貪り食う。同じ節足動物だけあって、海老に近い味を期待したが、
より濃厚で脂が載った味がする。桑の葉を食べて育った蚕がこれほど美味いとは。

さて昨晩一度参った秋宮を再び訪れる。何度見ても巨大な注連縄だ。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 369
奥の幣拝殿は修復中とのこと。残念だったが、四隅に建つ巨大な柱と、
昨晩見つけられなかった我らが東方ファンの痛絵馬は見つけることが出来た。
まあその写真を掲載はしないが、なかなか面白いものだった。
(ちなみに私は痛絵馬をどんどんやってしまえ、という人です。自分は描かないけど)
そして諏訪大社の公式帽が欲しくて御柱祭で伐り出された木で宝物殿を建てるための浄財を投じる。
こうして入手した諏訪の帽子
この神紋梶入りの諏訪公式帽、コミケC77に被っていったのだが、他に誰も被っている人がいなかった。
意外だなあ。

さて秋宮に参ったところで春宮へ。昼飯の時間だが、朝の例の刻符事件でスケジュールが狂い、
温泉に入ったり名物の蕎麦を食う時間がなくなってしまった。
仕方なく秋宮脇の羊羹屋さんで塩羊羹を一本買い、昼食とする。
歩きながら羊羹をばくばく喰っていると体力が回復していくのがわかる。
まあどう考えても食べ方を間違えているわけだが。
春宮へ行く途中、御作田神社に拠る。ディバイニングクロップの元ネタ……なのかな?
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この神社は町中の小さな神社だが、しっかりとした高い木々の杜があって確かな信仰を感じた。

そして遠く諏訪湖を眺めたパノラマ。(画像をクリックしてください。拡大されます)
諏訪のパノラマ特1_3

そして春宮。右に見えるのが縁結びの杉。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 396
そして春宮のフェムトファイバー
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 416

縁結びの杉は、さほど目立つような杉ではなかった。前日見た雪の郷の杉の方がずっと立派である。
しかし信仰の謂れは見た目ではないのだろう。

そして筒粥殿。酒事情はカオスか? しかし米で造った日本酒に実は粥は良く合うのかも。(試したことはない)
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 400

そして幣拝殿。秋宮は修復中で見れなかったがこちらは立派社殿を拝むことが出来た。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 420

もちろん、幣拝殿の四隅には柱が。

こうして藤島神社、洩矢神社、諏訪大社下社秋宮、御作田神社、諏訪大社下社春宮と見て午前のスケジュールは終了。
いよいよ諏訪湖の南、守屋山麓の諏訪大社上社に向かう。
(続く)

2010/01/04

(前回の続き)
諏訪大社下社秋宮、春宮を参った私は、諏訪湖よりずっと南の茅野駅に下りたのだった。
本来なら諏訪間欠泉センターや上諏訪の温泉や手長神社、足長神社に向かいたいところだが、それはまたの機会に。
茅野からタクシーで上社の前宮に来ると、日暮れが近い。
↓前宮の鳥居。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 430

そして山の中腹のお宮。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 450

風神録のジャケットに使われたという前宮の二の御柱。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 460

諏訪に入ってからはコミケ成功を祈願していた私は、ここでC99までの成功祈願を終える。
うむ、これで2020年までのコミケは大成功だろう(だといいな)。
そして、せっかく前宮まで来たので、「水眼の如き美しき源泉」を見に行こうと決心する。
この水眼(すいが)の源泉、山の奥深くにあり、普通の参拝客はまず行かないらしいのである。
そしてその山はかつて「入ると祟られる」とされる御神体の山。
神紋梶の入った諏訪大社公式帽のご加護があれば、祟りも防げるのでは、と前向きに考え、一路山道を登る。
と、その時、全身が発熱し、どこからともなく痒みが……
どうやら、百匹近い蚕のさなぎを一度に食ったせいで、
昆虫アレルギー(甲殻類アレルギーの親戚?)が私の体を襲ったようだ(推測)。
山に足を踏み入れただけでこれとはミシャグジ神の祟り恐るべし、
だがすでに大分上ってしまったのでそのまま目指すことにする。
前宮左脇の山道を上っていくと小さなダムと、その前に社があるのだが、これは山の神を祀った社で、
源泉はさらにずっと上方にあるという。
ダムを左下に見下ろしながらしばらく行くと、山道と清流が別れるところに出くわす。
ここからは道などないので、清流にぬかるんだ斜面を、林の枝枝を避け、雪に足を捕られぬよう慎重に上っていく。
↓こんな感じである。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 472
うっかりしていたのだが、御神体の守屋山が西にあるため、予想以上に日没が早い。
急がないと暗くなって下山するとき危険、と迷うも、数十分の余裕があると踏み進む。
山道から分かれて林の中を70mは上っただろうか、ようやく小さな社と水が湧き出る源泉を発見する。
↓これが社。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 474

↓社の前にある源泉。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 475

社を拝んでから源泉に下りて覗き込むと、びっくりするほどの水量の清流が湧き出ている。
よくよく見ると、たしかに『眼』のような形の湧き出し口がある。なるほど「水眼」と呼ばれるのも納得だ。
美しいというか、実に芸術的な泉である。
↓写真のやや黒っぽく見える部分が水眼の穴。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 480
口に含むとなかなか美味い。名水とまでは言えないが、山中を登ってきた身には堪えられない味だ。
そして昆虫食アレルギーとおぼしき手の腫れと痒みを清流で冷やす。

さて、薄暗くなってきた山中を下り、前宮までやってきた私は、東方ファンの痛絵馬を観察し、御神籤を引く。
すると……末吉が出てしまう。
この末吉、吉とは名ばかりの大凶クラスの御籤で、
・願望 叶わず 誠実を旨として慎しむが吉
・待ち人 来ぬ 待たぬが吉
・失物 出ぬ。 あきらめよ
・旅行 行きても先に凶有
・転居 充分ならず止めよ
・縁談 叶わず 今迄の行動を考え慎む事
うむ、我が身を省みれば、至極もっともなことばかり並んでいる。
……のだが……さすがにこれはきっついなあ。

こうして前宮を後にし、途中にある東方ファンの間では特に有名なかの家を訪ね、ミシャグジ神信仰の中心も詣でる。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 511

さて日も暮れかかり、いよいよ本宮というところで、道の左になにやらとんでもない石段が。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 516
こういう石段を見てしまうと、登りたくなってしまう。
上る途中で何度も、「ここで足を滑らせたら死ぬ……」と思いつつ登りきると、なんともまあ小さな社が。
北斗神社というらしい。ぱっと見た瞬間に思い描いたイメージは「外の世界の博麗神社」である。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 517
社の中には農具だろうか? 縄が奉納されている。そして社の前には米粒が供えられている。
米粒を供える意味はわからないものの、何かしらの由緒を感じさせる。
そしてこの社の右脇には小さな御柱に四方を囲まれた、これまた小さな祠がある。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 526
このような小さな祠にこそ、神はおわすのではないか、と思わず感じてしまうような威厳ある祠であった。

さて、あの恐怖の石段を死を覚悟しながら下りる。
(これは冗談で言っているのではない。あの石段、手すりがあるところまではいいのだが、途中で手すりがなくなってしまうのである! 
高所恐怖症の人は間違っても上ってはいけない場所だ。上がったはいいが下りられなくなること必至である)
本宮に来たところであたりは夕闇に。
神社の宮司さんとお巫女さんたちが自分達の参拝を行っているのが見える。
ここ本宮のお巫女さん、遠目から見たせいなのか何なのか、かなりのべっぴんさんに見えた。
エリート巫女なのだろうか。もしかすると妖怪と戦えるのだろうか(それは無理か)
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 548

真っ暗になってしまったので、とりあえず東方元ネタだけでも見て回る。
↓こちらは筒粥殿跡の説明。うむ、これだけ。何もない。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 570

↓こちらは天流水舎。どんなに晴天の日でも三滴は降るとされる「お天水」の舎である。
白馬と諏訪旅行2009年12月17日から20日 574

こうして、四つの諏訪大社の社を巡り、本宮から茅野駅まで小雪の中歩いた私は、
無事特急「スーパーあずさ」で江戸に戻ることが出来たのであった。
めでたしめでたし。
(旅行記はここで終わる)

2010/01/30

ずっと温め続けてきた東方儚月抄の二次創作『月々抄』の第一話目をアップすることができました。
こちら

……まあ第一話を読んでも何が何だかさっぱりわからないと思います。

目標としては東方儚月抄の伏線を800万%回収しきること。でもその前に公式の新作品の設定で前提が覆される可能性大。
まあそうなっても良いように、二次創作としての逃げ道を3つほど用意するつもりです。

第二話は、バグ取りさえ済めば上げられる段階。さて完成するのはいつになることやら。
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