fc2ブログ

2009/10/24

ふらっと上野へ『皇室の名宝展』見に行きました。
あ~なんか、2時間粘って流れ星が一つも見えなかったオリオン座流星群とか、Windows7発売のお祭り騒ぎとか、
東方儚月抄だとか、何もかもどうでも良くなるぐらい
ものすごく素晴らしい展示会だった。

うっかりこの記事を踏んだ人で東京近辺に住んでいる人は、このブログの記事なんて読まなくていいので、
是非皇室の名宝展見に行くことをすすめます。
行くなら、金曜の夜、6時以降が空いているのでオススメ。閉館は8時だけど、
なんだかんだいって8時10分ぐらいまでOK。後半の作品はほとんど独占して見れます。
逆に土日の午前は地獄だと思います。

さて、上野国立博物館の特別展でこんなに感動したのは、
『国宝 薬師寺展』以来、いや『書の至宝』展以来のことかもしれない。
でも、感動したのは、目玉とされている狩野永徳と狩野常信がすごかったからでも伊藤若冲がすごかったからでもなかったと思う。

もちろん、狩野永徳と狩野常信の獅子には圧倒されましたよ。10分ぐらいじっと見てましたから。
「実物大」の獅子、とくに永徳のそれはものすごい迫力で、
手前の獅子の前足が枠から出ようとしかかる様はまさに桃山の精神を具現化していた。
伊藤若冲に至っては、まじで眩暈がした。ほんとクラクラするよう絵が、これでもかっていうくらい並んでいた。
もし金曜の夜じゃなく朝10時に行ってたら、若冲だけで2時間ぐらい見ても飽きなかったと思う。
この展示会の料金は1300円だが、1万円払ってもあの若冲の絵は見に行く価値があると思う。
(雪舟とかと違って、若冲の絵って、その凄さがわかりやすいので万人向きである。誰にでもわかる凄さ、
これはやはりそれだけで素晴らしいと思う。
あれを見ると、まだまだデジタル絵画はアナログに勝てないなと思う)

でも、それよりもなによりも強く感じたのは、その絵の発色の良さ、である。
これにはびっくりした。その保存状態の良さ、その修復の見事さ、
そして目に触れずに保管されてきた時間の長さ……、
作品に注ぎ込まれた、金と時間と人間のことがいやおうなしに思い浮かんだ。
(これらは全て昭和天皇が崩御するまで『御物』だったものである)
若冲の動植綵絵なんか、昨日描かれたんじゃないかってくらい、素晴らしい色彩である。
画集の絵と本物の絵が、全然別物という経験をしたことはよくあるが、
今夜経験したそれは魂消たというべき感動だった。

だが、これと同等かそれ以上に感動したのが後半の主に明治・大正期の作品である。
帝室技芸員に選ばれた今で言う人間国宝級の人々が、明治天皇の銀婚式など皇室の祝い事に献上したり、
皇族からの直接の依頼で作った品がずらり並んでいるのは、まさに近代日本工芸のピークが味わえるといっていいと思う。
いや、もっといえば、芸術家が臣民として帝国と一体となった至福の瞬間がそこにあるのだ。
特に荒木寛畝の孔雀之図と並河靖之の七宝四季花鳥図花瓶、川島甚兵衛の春郊鷹狩・秋庭観楓図壁掛などは、
これが出来上がったときの作者の自信、そしてこれを見た天皇の感動すら目に浮かぶような、
とんでもなく素晴らしい出来映えである。川島甚兵衛なんか、作品を見ただけで狂気が見える。
前半の若冲や応挙は、別に皇室と帝国のために作品を作ったわけじゃないのである。
しかし後半の作者達は、皇室ひいては帝国のために作品を作って献上したわけで、
その非の打ち所のない完璧さ、というものを支えた近代初期の日本芸術界の精神的な風土が見えるのである。
(そりゃね、東山魁夷や平山郁夫も悪いとはいいませんけど、彼らは戦後の自由を知っているが故に、
最初から非の打ち所のない完璧さは持とうとしていないと思う)

いや、してやられた、という感もあるんだ。
あの帝国』および『現皇室』の威信と正統性を見せ付けるための、
圧倒的な文化的力というものがそこにあった。

ここで少し論は飛躍するんだが、私は、近代化における日本文化の破壊に一番手を貸したのは明治天皇だと思っている。
東京奠都で京の公家文化を壊滅に追いやり、神仏判然令と神社合祀政策で伝統宗教の思想的基盤をことごとく破壊しつくし、
自ら積極的に洋食・洋服・洋式建築を薦めて衣食住の伝統に回復不可能なダメージを負わせた。
(他にも例えばお歯黒禁止令とか、混浴禁止令とかね)
この明治期の伝統破壊に比べれば、戦後のアメリカ化なんて取るに足らないこと。
戦前のヨーロッパ崇拝が戦後のアメリカ崇拝に変わっただけである。

で、明治期の文化破壊が良いか悪いかという価値判断はおいとくとしても
(未だに既婚女性がお歯黒を塗っていたり、四足動物の肉が食えなかったり、
というのは近代的価値とは相容れないかもしれない。特に諸外国からの攻撃材料にはなっただろう)、
その後の皇族がずっと洋風主義で、戦中は大日本帝国国民服令で帝国臣民がまともに服を着れない中で皇族だけは洋服を着続けた、
とか今でも宮中晩餐会はフランス料理だ、とか(ほんとなんでフランス料理なんだよ!)
そういう風土を作ったのは、まごうことなく明治天皇である。
そう。近代における、日本の伝統破壊の立役者は、薩長土肥の連中でもGHQでもないのである。
明治政府の首脳陣が近代化政策を取るのは当たり前である。
江戸幕府の重鎮(榎本武揚だとか小栗上野介だとか)ですらそうだったのだ。
問題なのは、京で公家文化の中で育ち、近代政府の伝統破壊に待ったをかけられる唯一の存在である明治天皇が、
京を捨てて、いや京を殺し、江戸城に住むことを選んだ、ということなのだ。
それが、現在の日本の文化的状況に決定的な役割を果たしたと思う。

京都の日本の伝統が残る町というイメージと実際のギャップがかなり大きくて、
そうだ京都行こう、と思って行ってみればコンクリとアスファルトとガラスだらけの町だった、
ということになってしまったのも(これは観光客としての私のかなり勝手な考えかもしれない)、
東京がひたすら無秩序に膨れ上がる町で景観というものがほとんど存在しない町なのも
(これも東京に住む住民としての私の勝手な考えかもしれない)、
私の考えでは天皇がいまだに京ではなく江戸城に住んでいるからである。

天皇家の文化的背景というのは、まずもって京であり、奈良や伊勢の近畿地方にあるのだ。
関東地方に来ることによって、天皇は文化的な根無し草になったのである。
江戸庶民とも、地方から上京してきて首都圏に住んだ膨大な数の都民とも、
天皇家は文化的つながりをほとんど持っていない。
そもそも天皇家の神話的背景を、関東という土地は共有していない。
せいぜいヤマトタケルが関東に侵略して来たという話で、
基本的に古事記や日本書紀は関東とは無縁の神話なのである。
そしてもちろん関東には伊勢も吉野も叡山もない。
それでも戦前は宮城礼拝という人工的な方向性が与えられていたが、戦後の『皇居』というやつは、
まさしく首都東京の巨大な文化的空白であるといえる。
そして東京とは文化的中心がすっぽりと欠けているからこそ、これほどまでに無秩序に発展したのだ、ともいえる。
この東京のカオスさこそが東京の魅力だとすれば、皇居という装置はとんでもなく成功を収めたといえるかもしれない。
その裏で京都が100年以上に渡って犠牲になり続けて来たと思うが。
(なんで日本に海外から観光客が来ないかといえば、1200年も都だった京都があの程度で、
400年も日本の中心だった江戸=東京がこの程度の町並みしか見せられないからだと思う。
コンクリ・アスファルト・ガラス、ジーンズ・スーツ、そしてありとあらゆる国の料理……)

で、もう一度皇室の名宝展である。明治・大正期に献上された品々の素晴らしさは、
京ではなく東京でもこれだけの文化的作品が集められる、ということを誇示しているように思える。
あれらの作品は、とくに近代のそれは、やっぱり凄いとしかいいようがないレベルだった。
帝国と皇室への忠誠と芸術家のプライドの結晶であった。
残念なのは、それが日本の文化的方向性とはほとんど無縁に終わったということだ。
作品から滲み出る作家達と帝国の間の一体感が見えるからこそ、なおさら残念に感じる。
現在、東京にはあらゆる領域に渡って数多くの芸術家・アーティストが住んでいるだろう。
そのうち、一体どれだけの人が、「東京の中心に天皇が住んでいること」を意識しており、
「自らの芸術性がその天皇とつながっている」と感じているであろうか? 
別に象徴天皇制だとか立憲君主制だとかの是非を問いたいのではない。
日本国民が漠然と感じており、皇室も宮内庁もそれを信じて疑っていないであろう、天
皇の日本文化に対する役割というものが、実はほとんど失われているんじゃないか、
そしてそれは近代思想の破壊性というよりも、江戸=東京という土地の問題なのではないか、と思うからである。
(東京に住んでいて源氏物語のシーンを描こうと思ったってさ、東京湾を見て須磨と思うわけにはいかないと思うのだ)

皇室の名宝展を見て思ったのは、そろそろ天皇家は京に戻ったほうがいいんではないか、ということである。
(微妙に秘封倶楽部のネタともつながったりするが)
ついでに旧華族とか旧宮家とか学習院とか全部京に持っていったらどうか。
現皇室の継承問題だとかなんだとか、案外、土地柄が解決してくれるかもしれないのである。
東京は(天皇が帰ったら名称は江戸に戻るのだろうか)、天皇がいなくても、文化的な損失はほとんどないだろう。

別に私は尊王派ではなく、近代の天皇家に敬愛の念は持ってないのであるが
(ちなみに東京をぶらぶらしていたり、クラシック音楽の演奏会に行ったりすると、よく皇族を見かける。
演奏会で一緒になったのは今上天皇1回、皇后2回。
皇太子夫妻と愛子ちゃんは東京駅で数メートル先に見たことがある。
その警護の警官の数がやたら印象に残っているが)、
乱立する高層ビルの檻に閉じ込められるようになぜか江戸のど真ん中に天皇が住んでおり、
しかもあのブランドが飼い殺し状態にあるというのは、あまりにも惜しい。

ああでも上野公園の集約性と国立博物館の機能は京都に持っていかないで欲しい(笑)


……しまった、東方とまったく関係ない話で終わりそうだ。
このブログでは東方の話題縛りにしているつもりだったのに……とりあえず卯酉東海道のような将来はありだということです。
それにしても、東方儚月抄底巻を読む前に行かなくて良かった。もし行ってたら儚月抄のことなんて本当にどうでもよくなっていたと思う。
あ、そうだ、秋★枝氏に伊藤若冲くらいの画力があれば良かったのにという結論にしておこう。
東方ネタのブログっぽいオチになった。
(心理描写の問題だとか漫画はモノクロだとか言う以前に、漫画は絵が上手ければどうとでもなると思うのよ。
どんなにストーリーがダメでもさ)

追記:10月25日
 で、また土曜日(10月24日)に皇室の名宝展行って来た。
 最初の印象とはまた違う面が見れて面白かった。若冲の青の発色が良いと思ったら、
あれは当時の最新の顔料(プルシアンブルー)が使われていたとか。若冲が国内で始めて使用したらしい。
道理で。
 若冲の動植綵絵って、6年かけた大修復が行われた後だったらしい。道理で。
 あと円山応挙って当時の宮家に作品を書いていたようです。近代的な意味ではないですが、そこのところは訂正。 

 若冲をもう一度見た感想だと、旭日鳳凰図の水飛沫の表現に感嘆した。
ハイスピード写真で水飛沫を捉えた映像のような感じ。
動植綵絵の方は、やっぱり鶏には絶大の自信があるのか、どの角度からでも鶏なら描けますよ、
という得意満面な感じが伝わってきた。
逆に、鸚鵡などは図鑑的なポーズを取らせていて、描くのに慎重になっている気がする。
(鶏の尾羽の表現は本当に精密で素晴らしい)
それから、雪の描き方も良い。特に雪中鴛鴦図は構図がたくみで、実に立体的だ。飛び散る舞い雪があり、
また水に潜る鴛鴦(おしどり)がいて、舞い雪が画面の手前を、水に潜る鴛鴦は画面の「裏」を感じさせるのである。

 酒井抱一の花鳥十二ヶ月図も良かった。若冲の情報量過多な絵を見た後だと、抱一は実に余裕があって楽しい。
「一月 梅椿に鶯図」は欲しいと思いました。

 後半の近代工芸スペースだと、「旭彩山桜図花瓶」(清風與平)と「官女置物」(旭玉山)、
「菊蒔絵螺鈿棚」(川之邊一朝ほか)が印象に残った。
前回行ったときは「七宝四季花鳥図花瓶」が欲しくなったが、今回欲しくなったのは「旭彩山桜図花瓶」である。
(美術館に行った時の作品の良し悪しの基準って、その作品を欲しいと思うかどうかって基準が一番明瞭だと思うのである。
なにより、自分に嘘をつかなくて済む) 
12年かけて作ったという「菊蒔絵螺鈿棚」はその精緻さに釘付けでした。

 あと、「萬歳楽置物」(高村光雲・山崎朝雲)、「太平楽置物」(海野勝)、「官女置物」(旭玉山)、「蘭陵王置物」(海野勝)といった、
現代でいうフィギュアものも、楽しめました。
(金曜夜は若冲に時間をかけすぎて後半はじっくりとは見れなかったですよね)
 自分はあんまりサブカル系のフュギュアを集めたりしない達なんだが、
(東方系のフュギュアも欲しいとは思いつつ、なっかなか買おうという地点まで達しないのである)
この帝室技芸員の作った立体造形を見ていると、立体の魅力というのはよくわかる気がする。
 とくにいいなと思った(欲しいと思った)のは「官女置物」で、
象牙の美しさと女性像の美しさが堪能できる一品。髪の毛の表現、服の襞の表現など象牙と思えない柔らかさである。
 やっぱりこの展覧会のレベルの高さは特筆に価すると思う。

 ゲーム業界も、皇室に献上するためにゲームを作ったりしないのだろか。
源氏物語の光源氏を主人公にひたすら女と交わる幼女や少女に囲まれて歌を交わすようなゲームを作ったら
陛下もお喜びにならないだろうか?

 そうそう、「小栗判官絵巻」(岩佐又兵衛)を見て思ったんだが、
東方の次回ラスボス案として小栗判官の妻『照手姫』なんでいかがざんしょ。
小栗は毘沙門天の申し子だし寅○☆からみで出せそう。
元ネタの藤沢市遊行寺から近い江ノ島には裸弁才天がいる。
照手姫6ボス、裸弁才天Exボスみたいなのいいかもしれんとふと思いました。
(酔い+睡眠薬でひどい文章になってる予感……)
 第二期は「蒙古襲来絵詞」「更科日記」「国永(名物鶴丸)」あたりが気になっています。
関連記事
スポンサーサイト



 Comments

Leave a Comment


Trackback

http://abysmalhypogeum.blog91.fc2.com/tb.php/18-de20e47a

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード