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2016/08/03

前回の記事で、
「徹底的に観客が持つ『映像的教養』に『ただ乗り』することで、特撮、群衆シーンを削減し、お金と尺を抑えた」
という点を話した。

次はもう一つ、
「観客の層ごとに盛り上がりシーンをずらすことで、多様な話題性を確保し、宣伝費用を抑えた」
ということを指摘せねばなるまい。

シン・ゴジラの話題は現在、映画を見た人々の間で、様々に盛り上がっている。
いや、映画の力によって、語らせられていると言うべきか。
映画に限らず、おおよそ文化作品というのは力があれば、接した人間は自発的に語るものである。
それは、体内から噴出する得体のしれない欲望であって、ゴジラが吐く炎のようなものだ。
誰か受け手がいるかどうかは関係がない。

そして、そういった力を引き出すことにかけて、シン・ゴジラは凄いのだ。

例えば、「ゴジラの尻尾から出てくる人型の謎」。
あれはあからさまにエヴァファン層へ向けての盛り上がりポイントであって、
他の層、例えばゴジラファン層へ向けたものではない。
また、大昔のモノラル音源のBGMを使ったのは、現代のSF好きや東日本の震災シーンに響く層向けではなく、ゴジラファン向け。
あるいは、政治家達がうじゃうじゃ出てくる前半は、震災後のゴジラがどう描かれるか気にする社会的な視野を持つ層には大受けだろう。
凡庸な映画は、「感動ポイント」を物語のどこかへ設定したら、そのための伏線を張り、キャラクターを動かして盛り上げ、
観客に(結末は予想できたとしても)どう感動ポイントへ到達するんだろうか、とドキドキさせる、そういう作りになっている。
あるいはもっとマシな映画でも、複数の異なった層へ盛り上がりポイントを設定できる、というのはなかなか難しい。
「THE 有頂天ホテル」のような群像劇でも、観客の嗜好によって大幅に盛り上がるポイントが異なるというのはないだろうと思う。

しかし、シン・ゴジラは、人によってかなり異なるだろう。
ゴジラの破壊映像やゴジラとの戦いの描写に対する評価ですら分かれる。
・最初に上陸したゴジラは恐くて最高だったが、その後のゴジラは足が遅くていまいち
という人はいただろうし
(ジュラシックパークのような生物の凶暴さが見たい人はこうかも)
・中盤のゴジラがレーザーでステルス爆撃機を撃ち落とし、東京の高層ビル群を焼き切ったあたりが頂点、最終決戦は陳腐でがっかり
と思うかもしれないし
(最新の映像美でSF戦闘シーンが見たい人はこうかも)
最終決戦こそがこの映画を傑作にした! という人もいるだろう。
しかもそれは二つに分かれるだろう。
・原発事故のオマージュとして素晴らしい。注水ホースのような凝固剤注入車から凍土壁作戦のような滑稽さまで完璧に描いた!
と、原発事故後の映画、という視点で評価する人と
・歴代ゴジラおよび怪獣によって常に破壊されてきた、「高層建築」「化学施設」「鉄道車両」がゴジラを倒すところにカタルシスを覚えた!
というところに(無意識にしても)、ゴジラシリーズの総括的決戦の美を感じる人とに。
(「無人在来線爆弾」が物凄い絵を生み出したのは、シリーズで電車は怪獣に破壊されるだけの弱い乗り物に過ぎなかったからだ)
ゴジラの描写だけでも、おそらく簡単に評価は分かれる。

これは、もちろん意図的に仕掛けたのだろう。
映画の中のさまざまなシーンが、観客のそれぞれの層に特異的に響くようになっている。
すると、同じ映画を見ながら、他の観客と盛り上がるポイントがずれまくることになる。
こうなると、人は何か言いたくなるだろう。
(人は、他人が自分と同じ考えを述べるとみると、代弁してくれた気になって自分があえて言わなくてもいいだろうと思う)
鑑賞後のネット上の評判はこうして多様に話題になる。
あるいは、複数の層への感受性を兼ね備えた人は、複数ポイントで別々の盛り上がり体験をするために、
「傑作。とにかく見てない人は見に行け」とまず言うかもしれない。
こうした、観客(これはもちろん、日本人一般ではなく、あくまで「シン・ゴジラを見に行きそうな人々」)へ様々な層に響く仕掛けが、
シン・ゴジラの特徴なのだ。

ある層は、小池元防衛大臣や甘利元大臣に似ていたキャラクターがいた、とか、
防衛大臣を女性にしたことに絡め「ゴジラ対ビオランテ」の女性官房長官との類似を指摘したり、
主人公の矢口のモデルは小泉進次郎なのか(宣伝の髪型は結構似ている)、
震災後の原発担当大臣だった細野豪志なのか、とか話題にするかもしれない。
似ているがちょっと違う別の層は、現実の安保法制や政治状況と絡めて語り出すかもしれない。

ある層は、過去のゴジラのシーンや、岡本喜八の映画と比べるだろうし、
グローリー丸が、栄光丸のオマージュだとか、ゴジラが進化して空を飛ぶかもというのはスペースゴジラを思わせるとか、
話題にするだろう。当然、核兵器を巡るやりとりで84年版ゴジラも話題に出るだろう。
似ているがちょっと違う別の層は、DAICON FILMの「八岐之大蛇の逆襲」に「八塩折」が出ていることを話題にしたり、
ゴジラの攻撃がイデオンの射撃シーンに似ていると言うだろうし、
また冒頭で死んでいる重要人物の話でパトレイバーとの類似を指摘するだろう。

ある層は、新元素がニホニウムを思わせたり、最終決戦でゴジラを苦しめた東京駅そばの超高層ビルが2027年完成予定だと指摘するだろうし、
作中で出てくるパソコンが、アップルだったりパナソニックだったり細かい、と指摘するかもしれない。
そして、作中の自衛隊や米軍の装備について、熱く語ってくれるかもしれない。
似ているがちょっと違う別の層は、攻撃ヘリや10式戦車の弾が効かないゴジラの表皮は何で出来ているのか語ってくれるだろう。
あるいは、核攻撃があったらどうなっていたか、議論になるかもしれない。

ある層は、いかに原発事故がゴジラ映画を変えてしまったかを東京の空襲や第五福竜丸と原発事故を比較して語るかもしれないし、
初代ゴジラの芹沢博士の英雄的な死と、チームの主要人物が誰も死なずにゴジラを止めたシン・ゴジラを比較するかもしれない。
あるいは、初代ゴジラの女声合唱と、シン・ゴジラの矢口の演説を比べるかもしれない。
似ているがちょっと違う別の層は、海外のゴジラやSF洋画と、いかに日本のゴジラが違うかを説明しようとするかもしれない。

ある層は、ゴジラがいかにエヴァっぽいかを語り、
似ているがちょっと違う別の層は、ゴジラの尻尾から人型が出てくる謎で盛り上がるだろう。

ネットでざっと見て、目に付く感想は、他にもありそうだが、これぐらい、語れてしまうポイントの多い映画だ。
(もちろん、東京都民や鎌倉市民らは特典として舞台を語るだろうし、次回作の予想を語ってもいいが、これはどの映画でも同じだだろう)
例えば、石原さとみの演技は浮きまくっていたか、あれもどこかの層にウケているのかもしれない。
いかに作り手が、観客に語らせたくて語らせたくて語らせたくて、たまらないか、そういう映画なのだ。

そして、重要なことは、これら多様な層が盛り上がりそうなポイントが、映画のどこか一つ(たいていは終盤のクライマックス)に
集中しているのではなく、映画の最初から最後まで、満遍なく投下されていることだ。
政治的な興味が高い層と、SF好きの層が盛り上がるポイントはうまくずれているし、
エヴァ好きとゴジラ好きが反応するシーンも上手くずらされている。
エヴァっぽいBGMはゴジラの登場シーンではまず使われないし、
ゴジラの尻尾から人型が出てくるという、エヴァファンが話題にしそうな謎は、ゴジラが倒された後に提示される。

こうして、上手い具合に盛り上がりポイントが観客の層ごとにずらされているのだ。
それが、観劇後の人々の話題の多様性を生み出しているのではないだろうか。

一応言っておくと、ネット上のこのような熱狂は、意外とあっという間に冷めてしまうかもしれない。
なにしろ、この映画には恋愛も性的要素もないので、そういった想像、妄想の余地がない。
美少女もいなければ、美人女優とイケメン男優との恋愛どころか、主要人物は家族すら一切登場しない。
もちろん、一般市民が一切活躍しない映画なので、「もし自分が主人公だったら」というような空想もしにくい。
そして怪獣好きのはずの子ども、特に小学校低学年には、この映画は色々と厳しいだろう。
何しろ、小学校低学年の子どもたちは、前回述べた「ゴジラ」「エヴァ」「東日本大震災」という三つの映像的教養を持ってない可能性が高いから。
つまり、シン・ゴジラという映画は、多様な層が反応するシーンやネタを次々に繋げることに特化した結果、
人間ドラマの部分をごっそり切り落とした。
あるいは、そういう人間ドラマは「東日本大震災」という観客が共通して持ってるはずの映像的教養で補ってね、ということだ。
シン・ゴジラと同じくSF映画のシリーズものである「スターウォーズ/フォースの覚醒」(Epsode7)も
いくぶんは多様な話題性を持っていたが、人間ドラマをそれなりにやったために、
観客の多様な層に向けて様々なネタを提供して話題性を作り出すということにかけては、シン・ゴジラに遠く及ばなかった。

もちろん、配役の役者自身の話題性や、テレビ番組の宣伝などの効果もないため、そういった「芸能人記事」的な話題もシン・ゴジラにはない。
芸能業界方向での話題作りには、それなりのお金がかかるのだ。

こういう、いくつかの大きな弱点があるために、シン・ゴジラの口コミ的盛り上がりがどこまで持続するかは未知数だ。

しかし、現状では実にうまく、盛り上がっている。
少なくとも、見に行った人々は、「ネタバレ前に見に行った方がいい」と言っているし、
上記の「話題の多様性」を保ちつつ、全体としては「全方向に好評」だ。
これは凄いことである。
そして、ほとんど宣伝らしき宣伝をしなかったシン・ゴジラがヒットになれば、
宣伝費を大幅に削減した映画としてのモデルになるかもしれない。

これが、シン・ゴジラの素晴らしい点、つまり「よくできた映画」としての美点その2、
「観客の層ごとに盛り上がりシーンをずらすことで、多様な話題性を確保し、宣伝費用を抑えた」
である。

さて、これでシン・ゴジラがどう凄かったのか、おわかりいただけたと思うが、蛇足ながら、尻尾の人型の謎についての解釈もしておこう。
やたらお金だ、尺だ、という話ばかりでは、映画の批評として花がないだろうから。

尻尾の人型はあからさまにエヴァファン向けに投げられた謎解き趣向なので、
やみくもに考えるよりも、庵野秀明的な思考をトレースした方がいい。

すると、牧教授が妻を亡くした、という設定から、ただちに碇ゲンドウに結びつくとともに、
失った娘の遺伝子をバラに移植してビオランテを誕生させた「ゴジラ対ビオランテ」の白神博士とも結びつく。
ここから導きだされるシン・ゴジラの隠された設定は
・牧教授は亡くなった妻の遺伝子を、水棲生物に組み込んでゴジラの幼魚を生み出した。
ここまでは誰でも予想がつくだろう。
問題は、牧教授がどういう生物に妻の遺伝子を組み込んだか、だ。
ここで、私は
・「ミツクリエナガチョウチンアンコウ」がゴジラのベースになった
という解釈を唱えたい。
ミツクリエナガチョウチンアンコウとは、オスがメスの身体に寄生し、徐々に目も消化器官も退化し、
やがて生殖器だけになってメスと一体化する、という実に不思議な魚だ。
牧教授が妻の遺伝子を組み込んだのがミツクリエナガチョウチンアンコウならば、
オスはメスと融合することが出来る。
・東京湾で牧教授はゴジラの幼魚と融合することで、真・ゴジラになり、映画冒頭のシーンになった。
これこそが、牧教授の「好きにした」ということではないか。
そして、妻=ゴジラと融合した牧教授は、身体のほとんどの器官が退化し、生殖器だけになった。
これこそが牧教授が望んだことであり、ミツクリエナガチョウチンアンコウを選んだ理由であった。
(漫画好きなら、弐瓶勉の短編SF漫画に「ポンプ」という作品があったのをイメージしていただければと思う。
庵野秀明が、どこかで弐瓶勉の短編集を読んでいるような発言があればこの説はかなり確実性を増すのだが……)

そう。
・ゴジラの尻尾に見えるものは、超巨大な生殖器となった牧教授その人である
そしてここから、なぜ最初に海上から突き出る「長いもの」を、首相以下登場人物全員が「しっぽだ」と断定したのかがわかる。
作り手である庵野氏は、あれが「牧教授=生殖器」であることを観客に寸分たりとも悟らせたくなかったのではないか。
だから、登場人物を総掛かりにしてミスリーディングを行ったのだ。
そもそも、あのシーンは、象の鼻やら軟体動物の足など、他の解釈もありうるのにいきなり「しっぽだ」は不自然すぎる。
その答えがこれだ。あれはゴジラの尻尾ではなく、(比喩ではない本物の)ゴジラの、そして人間の男性生殖器だったのだ。

・妻と融合して雌雄の性質を兼ね備えたため、無性生殖(に見える生殖)が可能になった。
・口からだけでなく、尻尾(生殖器)の先からもビームを発射できたのは、尻尾(生殖器)の先にも体液などを放出する開口部があったから
・尻尾が生殖器なので、自衛隊は尻尾を集中攻撃するようなことは絵的にないし、ゴジラ側も尻尾で民家をやたらと破壊したりはしない
・尻尾=生殖器の先から、子どもが生まれるが、両親は牧教授とその妻なので、人間の遺伝子がベースになった人型が生まれる。

こうして、尻尾から人型が生まれる謎は、
「ミツクリエナガチョウチンアンコウに妻の遺伝子を組み込んだ牧教授が、その幼魚と融合してゴジラになったから」
ということで、綺麗に解けるのではなかろうか。

以上で長かったが、シン・ゴジラの感想を終えたい。

最後に蛇足だが、東方の話題縛りのブログなのでもう一つ。
東方Projectの作者ZUN氏がシン・ゴジラに満足したのは、きっとライトな鉄ヲタだったからだろうと思っている。
東方緋想天で、八雲紫に廃線「ぶらり廃駅下車の旅」という電車攻撃を繰り出させた人のことだ。
無人在来線爆弾には、大いに喜んだであろうことは想像に難くない。
界隈の一部でPS4版深秘録に、新幹線爆弾や山の手線爆弾が出るかも、と噂されたらしいのも、さもありなん、と言ったところだ。
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